第10章 ヒトの繁殖と配偶システム
https://gyazo.com/d136058630b4ac0463c6e2455e2b05dc
1. ヒトの生物学的特徴と配偶システム
初期人類の配偶システム
初期人類の配偶システムを直接示す化石証拠はない
現在のヒトの形態的特徴から、このような形態を持つ動物が持っていたと考えられる配偶システムを推定する 動物一般では、一夫多妻の傾向が強いほど配偶相手の獲得をめぐる雄同士の競争が激しくなるため、雄のからだの大きさが雌に比べて大きくなり、角などの形態において性的二型が大きくなる 一夫一妻の動物は、雄間の闘争がそれほど激しくないため、一般に雄と雌のからだの大きさの差が小さく、形態も似通っている 古人類の化石の性別を判定するのは困難なことだが、これまでに調べられたたくさんの化石から、人類につながる様々なグループの化石の性差が推定されてきた だとすると、ヒトの系統は、初めは雄間の肉体的な闘争を伴う競争が強かったが、徐々にその強度が減少してきたと考えられる
現在のヒトのからだの大きさの性差は、集団によっても異なるが、女性を100としたときに男性がおよそ108から112ほど この数値は、霊長類の系統で見れば、強度な一夫多妻を予測させる数値とは言えない 次に、雄のからだの大きさに対する精巣の相対的な大きさ 一夫一妻または一夫多妻の配偶システムで、雌が配偶相手以外の雄と交尾しない場合には、配偶相手の雄の精子のみが卵の受精に使われることになるので、精子間競争は低いと考えられる
精巣の相対的重量は小さくなる
複雄複雌の配偶システムでは、雌が複数の相手と交尾するため、異なる雄由来の精子間に、卵の受精をめぐる競争が生じる 精巣の相対的重量は大きくなる
ヒトの精子間競争は霊長類の全体の中で高いとは言えないが、典型的な一夫一妻や一夫多妻の霊長類の中では、比較的高い方
つまり、ヒトにおいてある程度の精子間競争が存在したということが推定される
以上二つの事実から推測されること
進化の初期のころには配偶者の獲得をめぐる男性間の肉体的闘争がかなり強かったが、以後、徐々にその強度は減少してきた
現時点でのからだの大きさの性的二型は、典型的な一夫一妻の霊長類の範囲に収まるが、少し大きい
雌が1頭の雄としか配偶しない種類に近いが、ある程度の精子間競争が存在したらしい
少なくとも、極端な一夫多妻と完全に乱婚的な配偶システムとは可能性として排除できる
歴史的・民族誌的にみたヒトの配偶システム
サンプルの83%にあたる708の社会が一夫多妻の制度を持っていた
一夫一妻は全体の16%ほど
一妻多夫はわずか4つの社会にしか見られなかった
少なくとも20世紀前半までの世界を見渡した場合には、からだの形態から予測されることとは異なり、一夫多妻の社会が大部分だということになる
しかし、一夫多妻は婚姻制度であって、その中で実際に一夫多妻を実現している男性の数を調べてみると、それは決して多くはなかった
一夫多妻というカテゴリーに分類される社会の中でも、大部分の男性は一夫一妻
一夫多妻が認められている社会でも、多く音場合、それが実現しているのは富の蓄積のある一部の男性だけ
実際、鳥類や哺乳類全体を見渡すと、雄が実質的に子の世話をする種類で、なおかつ一夫多妻のものはほとんどない 何らかの形で父親が子に多大な投資をするにもかかわらず、雄が一夫多妻になるというのは、動物としてみれば不可能に近いこと
ヒトは何らかの形で父親が子に対して投資を行っている
多くのヒトの一夫多妻社会は、父系で父方居住であり、父親が子に対して多大な投資を行う
この一見不可能なことをヒトにおいて可能にしたのは、富の蓄積であり、男性感の不平等であった(後述)
極端な形の一夫多妻は、人類の歴史の中では、農業や牧畜の発明以後、富の蓄積と分配の不平等が生じるようになったあとに出てきたもので、ここ1万年の間の現象だと推測される
狩猟採集社会では、富の蓄積も他人を雇うこともありえない
人権と民主主義と工業化社会の発展のあとは、このような不平等は、また徐々に是正されるようになった
そうすると、からだの形態から推測される、おおよその一夫一妻的傾向と、人類が歴史的に行ってきた婚姻の実態とはそれほどずれておらず、ずれるときには説明がある、ということになるだろう
2. ヒトの生涯繁殖成功度
生涯繁殖成功度の個体差と性差
確実な避妊の手段がない状況では、性行為は必ず妊娠の可能性を伴うものであり、性行動と繁殖とは密接に結びついていた
ほとんどの人が持つ子の数はせいぜいが数人であり、10人を超える人は滅多にいない
まったく子を持てない人の数はかなりに上る
繁殖成功度の分布にはかなり明確な性差がある
男性の繁殖成功度の方が女性のそれよりも最大値が大きく、そして分散も大きくなっている
最近まで狩猟採集生活を続けていた、カラハリ砂漠に住むクン・サンの人々では、社会的な制度としては一夫多妻が認められているが、本当に一時期に一夫多妻を実現できる男性の数は極めて少なく、多くの男性が一夫一妻 一方、離婚再婚を繰り返す人が多く、男も女も、生涯にわたって何人かの相手と配偶する
一妻多夫が制度として認められてはいないが、女性も、夫以外に愛人を持つことがかなりある
時間的な流れにそって個人を見ると、男性も女性も配偶相手がしばしば変わり、生涯を通して同じ相手との一夫一妻という人は少なくなる
狩猟採集・粗放農耕などの伝統的生業形態を持つ人々の仲から、これまでに詳しい研究が行われてきた集団を選んで、男性と女性の生涯繁殖成功度の分布を比較した 男性の方がばらつきが大きい
生涯に一人も子を持たない確率は男性の方が高い
配偶システムと繁殖成功度の偏り
繁殖成功度の分布の性差はその社会がどのような配偶システムを持っているかによって影響を受ける
一夫一妻が厳密に行われているほど、男性と女性の繁殖成功度の分布は一致し、一夫多妻の強度が強くなるほどに、男性の繁殖成功度の分散が大きくなる
強度な一夫多妻の見られる社会では、たいてい、男性が生計手段を握り、富の所有と蓄積があって、男性間に貧富の差がかなりある社会
富を多く所有する男性が多くの妻を得ることができ、富の少ない男性には結婚のチャンスが非常に低くなる
一夫多妻の社会とは、本質的に男性間に大きな不平等のある社会
ウシやヒツジを飼って、それを利用したり取引に使ったりして生計をたてている牧畜民 富=家畜の所有と土地の所有
これらの財産は男性の所有であり、男性の家系を通して受け継がれ、妻は夫の家に嫁いできてそこに住むという、父系、父方居住
男性はウシやヒツジなどの婚資を払って妻を購入せねばならない M.ボルガホフ=マルダーが1980年代初期に調べたときには、妻を得るには、普通、ウシ6頭とヤギ4頭を払わねばならなかった 普通の男性が持っている家畜のおよそ3分の1
男性が所有している土地面積が大きいほど妻の数が増加する
妻の数が増えるほどに男性の持つことのできる子の数も増え、繁殖成功度が上がることになる
伝統文化社会においては、生業の形態が狩猟採集、原始農耕、牧畜などに関わらず、一夫多妻の程度が強くなるほど、男性の繁殖成功度の偏りが大きくなっていくことが知られている
女性の繁殖成功度は配偶パターンによって影響を受けるか?
哺乳類一般の予測では、女性の繁殖成功度を規定する最も重要な要因は、自らの繁殖能力であり、夫が何人いるかは関係がないと考えられる
夫が持っている資源が、生活一般や子育てのために重要であるならば、一夫一妻の妻である女性と一夫多妻の夫を他の妻たちと共有している女性とでは、繁殖成功はどのように異なるか?
テムネの結婚している男性の54%は複数の妻を持っていた
妻の数が増えるとともに、男性の持つ子の数は増えるが、女性では増えない
男性の持つ妻の数が増えるとともに、妻一人あたりの繁殖成功は、変化しないか、むしろ下がる傾向にあることが示されている
専制政治と繁殖成功
専制政治になって男性が大きな権力を独占するようになると、そのような男性は、他の男性に比べて極端に高い繁殖成功を上げるようになる ベツィグは、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米においてかつて存在した、様々な専制政治の文化において、支配者である専制的な君主がどれほどの繁殖成功度をあげているか調べた(Betzig, 1982) どこの世界でも、専制的な権力者は他の男性よりも並外れて高い繁殖成功度を上げ、それを実現するために考えられる限りのあらゆる手練手管の限りを弄していた
過去において男性が極端な権力の集中を手にした時には、繁殖成功度における極端な不平等が生じ、また、権力者がそれほどの権力を手中にする大きな理由の一つは、繁殖成功であることがわかる
進化心理学的に言えば、そもそもなぜ男性が権力を得たがるかの進化的理由は、それが繁殖成功度の増大に寄与したからだと考えられる 3. 複婚システムにおける葛藤
一夫多妻の実態
一夫多妻は女性の数が足りなくなるのでは?
男性の結婚年齢が高く、若い男性の多くが結婚から除外されており、女性がわかいうちから結婚すれば、潜在的な配偶相手としての女性の数が多くなるので、多くの男性が一夫多妻を実現できるようになる
強度な一夫多妻の社会とは、男性間に富の不平等がある社会だが、同時に、富を蓄積するには年数がかかり、若い男性が繁殖から除外されている社会でもある
一夫多妻は、女性同士の葛藤が大きい社会でもある
夫を共有する妻たちの間に血縁関係がない場合には、妻たちは夫の資源の配分をめぐって潜在的に競争状態にある
夫の資源が十分ではないときの、一夫多妻のあとの方の妻は、実際に適応度が下がる可能性すらある
姉妹一夫多妻
一夫多妻の婚姻制度をとっている社会の多くで見られる慣習
一夫多妻の妻たちが、互いに実の姉妹であるような結婚を指す
一夫多妻社会のほぼ半分が、姉妹婚が通常であるか、それを好ましいとしている
一夫多妻の妻たちの間の葛藤を最小限に抑えようとする試みではないか
実の姉妹同士であれば、適応的な利害の対立は薄まる
一夫多妻の婚姻制度を持っている社会では、夫を共有する妻達が同じ屋根の下に一緒に住む場合と、それぞれが独立した家を持つ場合がある
姉妹婚のときとそうでないときとを比べると、妻たちが同じ屋根の下で住むのは、姉妹婚のときが多いだろうと予測される
事実、妻たちが一緒に居住することは、姉妹婚の場合は81%だが、妻たちが互いに血縁関係にない場合には32%だった(Murdock, 1967) 一妻多夫というシステム
一妻多夫は、鳥類や哺乳類全体を見てもまれな配偶システム 基本的に雌は、配偶相手の数を増やしても自分の繁殖成功度が上がるわけではないので、一妻多夫がシステムとして出来上がるには、何か特別の理由がある
女性が複数の男性と婚姻関係を結ぶ
女性は異なる「クラン」に属する数人の夫と結婚するが、それはクラン同士の連合関係を結ぶため
男性にとっても同じ
複数の夫がいるとしても、女性が実際に一緒に住むのは、その中の一人の夫だけ
女性は、異なるクランに属する、異なる地域に住んでいる夫たちと順番に一人ずつ一緒に住むことはあるが、複数の夫と同時に住むことはない
男性の方は、複数の妻と同時に住むこともあるので、この婚姻形態は、表面的にはずっと一夫多妻に近いものと言える(Muller, 1980) 兄弟がたいへん多額のお金を出し合って婚資として払い、一人の妻をもらい、兄弟で共通の妻とする
しかし、財産に余裕ができると妻を買い足していき、その夫たちと妻たちの間には、とくに個別の特定の関係はなく、全体で共同生活する
チベットのヒマラヤ山麓
ここでも一妻多夫だけが唯一の婚姻形態ではなく、一妻多夫、一夫一妻、一夫多妻、多夫多妻のすべての婚姻形態がみられる
チベットの住人のすべてがこのような複雑な婚姻形態を持っているのではなく、土地を所有している一部の人々に限られている
これらの人々の間では、家族内に一世代に一つの結婚しかできないという事情があり、そのことが、一妻多夫を含む複雑な婚姻形態を出現させる原因となっている
中央チベットからネパール、ブータンとの国境にかけての地域に住んでいるチベット人には、Thongpaと呼ばれる階級の人々と、Du jungと呼ばれる階級の人々がいる
両方の階級とも、地主たちから土地を借りて耕作している農家だが、Du jungは地主から個人的に狭い土地を耕す権利を得ているが、Thongpaは家族単位でほぼ永久的に広い土地を借りている
Du jungの土地の権利は個人の1代限りだが、Thongpaの権利は代々受け継がれる
Du jungは土地を借りている事に対し、個人がなにがしかの税を払うが、Thongpaの方は家族単位で労働や家畜や金銭、穀物などの多額の税を払っている
チベットは耕せるところはすべて耕し尽くしてしまったところなので、今ある土地でなんとか生活していかねばならない
一妻多夫が見られるのは、Thongpaの方
Du jungは家族がまとまらねばならない理由はなく、基本的に一夫一妻
Thongpaの方は、土地が家族単位で次の世代に受け継がれ、税も家族単位
子が何人いようと受け継がれる土地は一つであり、家族が一つである限り、払わねばならない税も一つ
Thongpaの家にどのような構成の子供がいるかによって、婚姻の形態は変わってくる
息子が一人であれば、妻を一人迎えて一夫一妻となる
息子が二人以上であれば、兄弟で一人の妻を迎えて一妻多夫になる
娘だけであれば、そこに息子を一人迎えて一夫一妻または一夫多妻になる
兄弟どうしが一人の妻を迎えて一妻多夫になっていたところが、その妻に子供が生まれなかった場合には、もうひとりの妻を迎えるので多夫多妻になる
このような制約がないので、Du jungの結婚は一夫一妻
Thongpaも、このような制約を離れ、インドやネパールに難民となって移住した場合には、全員が一夫一妻の結婚をした(Durham, 1991) こうしてみると、純粋に一妻多夫と言えるものを標準的に採用している文化や社会はない
4. ペア・ボンドの進化
ヒトの男性と女性の間には強いペア・ボンドが存在し、それがヒトの核家族の基盤であるという考えは強く存在する アプリオリにこのように仮定するのは、西欧的な一夫一妻と核家族の文化偏重によるものであり、誤りだという指摘もなされている
HRAFを見ても明らかなように、特定の男性と女性の間に「結婚」という制度を設けていない文化や社会はない からだの形態からも、極端な一夫多妻と完全な乱婚は排除され、ペア間の結びつきが示唆される
ヒトの心理から見ても、私たちは特定の異性に魅かれ、愛情を感じ、その特定の相手と一緒に暮らしたいと思う
特定の相手を独占したい、特定の相手だけと愛し合いたいという気持ちがなければ、嫉妬という感情も存在しないだろう
強度はともかくとして、ヒトには特定の男性と女性との間のペア・ボンドが存在すると考えてよいと思われる
子育ての助力
ペア・ボンドが生じた一つの仮説として、子育ての負担が大きくなるにしたがって、男性からの子育ての協力が不可欠になったからというもの
ヒトの生物学的な特徴として顕著なものの一つは、からだに比べて脳容量が大きいこと
ヒトの新生児の出生時の脳容量も、他の霊長類に比べて非常に大きくなった
さらに特徴的なのは、ヒトの子どもの脳が出生後も1年以上にわたって成長し続けること
現在の狩猟採集民の生活を見ると、女性は出産の直前まで普通に働いている
出産後の母親は少し休む程度で、すぐにまた元通りに働き始める
赤ん坊は母親のからだに巻きつけた布にくるんで、母親がどこへ行くにも運ばれていく
つまり、妊娠中も出産後も女性は同じように働いている
なので、問題は、普段から食料の調達がどのようになされるか
初期人類はつねに集団生活をしていたので、母方の血縁による近縁者を始めとして、共同生活が行われていた
現在の狩猟採集民でも、狩猟で男性がとってきた肉は、自分の妻だけに分けるのではなく、集団全体で分ける
1. 初期人類は狩猟採集をしていた
2. 狩猟は男性の仕事であり、妊娠、出産、授乳の仕事のある女性は狩猟に参加できない 3. 肉は栄養源として非常に重要である、そこで、男性がとってきた肉を女性に分け与えねばならない
4. 男性が狩猟を行い、女性が採集を行って、両者の間での食物の交換と協力がなければならなかった
配偶システムがなんであったにせよ、初期人類は集団で暮らしていたので、集団の内部で分配が行われればよいので、それが特定の男女のペア・ボンドにならねばならない理由はないように思われる
他の男性の暴力からの保護
女性は、食物獲得や生理的負担の面からは、とくに男性の協力がなくても子育てをしていくこともできる
しかし、一人でいる女性は、不特定多数の男性の性的興味の対象になり、強姦や子殺しにあう確率が高くなる
そのような危険から身を守るために特定の男性との関係を結ぶようになったという仮説
スマッツらは、われわれヒトと近縁な霊長類全体において、雌の性行動をコントロールするために、雄が雌に対して暴力を振るうことがしばしば見られることに着目
マントヒヒの雄は、雌の首に何度も噛みつくことにより、彼女を自分のハーレムに引き止めておく 一方、雌が他の個体とどれほど有効に連合関係を組むことができるかによって、雄から雄への暴力の度合いは変わる
熟した果実だけを食料にしており、雌も雄も単独で暮らしているので、雌は他個体と連合を組むことができない
雌が発情すると、近くに重複したなわばりを持っている雄が交尾にやってくる
このような雄はからだが大きく、雄どうしの闘争に勝った雄であり、雄間の競争に負けた雄や若い雄には、交尾のチャンスがあまりない
このような雄が、1頭だけでいる発情していない雌を強姦することがしばしば見られる
近縁関係にある雌同士が一緒に暮らし、強い連合関係を持っている
雄からの暴力はあるが、雌は連合して雄の暴力に対抗したり、見知らぬ雄が群れに入ってくることを阻止したりすることができる
雌は、特定の雄と親密な関係を結ぶことにより、他の雄の攻撃から身を守っている
このような手段をまったくもっていないオランウータンだけに強姦が見られるということは、雄の暴力を回避するために、雌が誰かと連合することが重要であることを示唆している
実際、様々な伝統部族社会において、保護者のいない女性が略奪や強姦の対象となることはしばしばある
特定の男性と一緒にいると、不特定多数の男性による暴力から身を守る上で、女性にとって有利であることは確実
人類の進化の途上で、男性同士が連合関係を結ぶことは、集団同士の競争においても、共同で狩猟をすることにおいても、非常に重要であったと思われる
男性同士の連合関係がうまく維持されていくには、誰もがその連合関係によって利益を得られなければならない
そのような連合関係にある男性達は、それぞれが、女性と配偶関係を持つことに対して互いにある程度は寛容であらねばならないだろう
互いに別の男性の配偶相手と裏で性的関係を持っていたならば、連合関係が揺るがされる
そこで、特定の男性と女性とがペアを形成し、連合関係にある男性同士は、その互いの配偶の権利を尊重し合うようになったのかもしれない
しかし、このような男性間の連合の保持のために、互いの配偶の権利を尊重するという協定は、男性間の一種の互恵的利他行動だが、そこに抜け道があれば不安定となるし、ペアになった相手が気に入らなければ、男女ともに他の相手を探そうとするだろう そこで、本質的にペア・ボンドは完璧なものではなく、浮気や不倫の可能性がつきまとう
男は一夫多妻、女は一夫一妻を好むか?
夢見心地になっていたときに作ったのが次のような詩
Hogamous, Higamous, Man is Polygamous, Higamous, Hogamous, Woman is Monagamous
男は一夫多妻、女は一夫一妻というまとめ方は、進化生物学の理論から導かれる結論の一つと一致している 進化によって形成された男性の心理は、セックスの相手の数をたくさん求める傾向を示すだろうが、進化によって形成された女性心理は、セックスの相手をたくさん求める傾向はなく、むしろ、一人の夫を長く自分のもとにとどめておこうとする傾向を示すだろうということがよく主張される
本当にそうか?
家父長制的な概念のもとでは、女性は夫にのみ尽くすようにという価値観が浸透している このような社会的・文化的状況で女性が生きていくために、女性はそれを学習させられているということも考えられる
女性にとっての乱婚性の利益
ヒトに近縁な霊長類の雌たちは、乱婚的に振る舞うのが普通
雌たちは、多くの雄に誘いをかけ、1頭の順位の高い雄に囲い込まれることを嫌い、外からやってきた見知らぬ雄を積極的に追いかける
進化的に見て、雌が複数の相手と配偶関係を持つことには、どんな間接的利益が考えられるか?
たくさんの雄と交尾することにより、多くの雄に子の父親であると思わせる
父親がはっきりわかっていると、その父親からの投資と保護は期待できるが、それ以外の雄に子殺しの動機を与えるかもしれない
一方、複雄複雌の旧世界ザル類では、雌がたくさんの雄と交尾するため、父性ははっきりしない そして、これらのサル類では、子殺しはほとんど見られない
アチェでは、母親または父親が死亡したり、両親の離婚によってキャンプに遺棄されたりした「みなしご」は、世話してくれる人間がいなくなるので、死亡率が非常に高くなる
しかし、「第二のお父さん」がいるときには、その男性が世話をしてくれることもあるので、死亡率は少し下がる(しかし有意ではない)
また、たくさんの「お父さん」がいることは、父親からの世話を分散させることになってしまう
もう一つは、多くの潜在的候補者と交尾し、雄を見比べるというもの
霊長類の社会行動の多くは複雑であり、習熟するためには練習や試行錯誤が必要
性行動と押すと雄の社会関係も例外ではない
男性にとっても女性にとっても、最終的な配偶関係に入る前に、たくさんの経験を積むことは重要かもしれない
アチェでもクン・サンでも、まさに、このような思春期の「試しの同棲」、「疑似結婚」の制度がある お互いの愛情に基づいて行われることで、実際の性的関係は伴わないこともある
これらの関係は短く、当事者の気が変わるごとに解消される
初潮直後の女性は、数年の間、たとえ性行為を頻繁に行っても妊娠率が極端に低い
性行動と性関係の習熟にあたっての練習期間であり、雌が配偶者選びのための情報を収集する期間と考えるのがもっとも適切ではないか
これらの要因はまだ研究されていないので、ここで結論を出すことはできない
しかし、男は一夫多妻的、女は一夫一妻的という簡略化は、進化生物学から導き出されてヒトに当てはまるものというわけではない
5. ヒトの繁殖行動の変化
民俗学的なデータや、西欧、日本を含む工業化社会でも一昔前の社会を見ると、結婚の目的は子を作ることであり、なるべくたくさんの子を持つことが理想とされていた
子をたくさん持つことが、「家」、「出自集団」、「クラン」などの繁栄につながることであり、子がたくさんあればあるほど、親自身の老後の生活の面倒を見てくれる保証が増えたから しかし、出産する子どもの数を最大にするということだけが適応度の上昇につながるわけではない 上の子が完全に離乳して自立する前に次の子を生んでしまうと、母乳と母親の世話という限られた資源を幼い子どもたちが奪いあうことになり、両者ともに生存率が下がる
そこで、出産間隔には最適値があると予測される
ケニアのトゥルカナ湖の北の乾燥地帯に住んでいるラクダ遊牧民のガブラの人々は、ラクダのミルクと肉で暮らしている 家族の人数が増えれば、ラクダのミルクと肉の消費量も増える
子が成人して結婚する時には何頭かのラクダをもたせてやらなければならない
ガブラの親は現在のラクダの保有量と、将来、子が結婚するときにもたせてやることのできるラクダの量を考慮した上で子を持たねばならないと考えられる
生活史のダイナミック・モデルを使って分析した、イギリスの人類学者のR.メイスは、ガブラがいつどのくらいの子を持つかの意思決定が、このような適応度の最大化によく適合していることを示した(Mace, 1996) しかし、西欧では18世紀から、夫婦が生涯に持つ子の数が減少し始めた
1970年代を境に、世界のどの地域でも人口増加率は減少している
人々はなるべくたくさんの子を持とうとは思わなくなった
伝統文化の社会では、富の蓄積の多い男性ほど多くの子を持っていたが、近代工業化社会になってからは、財産や収入と子どもの数とは相関していない
人々が持とうと思う子の数が減ってきたことは、人間行動生態学の中でも大きな謎とされている
自ら適応度を下げようとする動物はいないと考えられるので、このことには別の意味があるのではないかと考えられてきた
社会が複雑化し、高度な技術を要する仕事が増えて様々な分業が生じるようになると、子の数自体は少なくし、それぞれの子にたくさんの教育を施し、高度な技術を付けさせたほうが、結局は繁殖成功度が上がるのではないかという考え
それを検証するために、子に高度な教育を施し、専門的な技術を身に着けさせたときのほうが、そうでないときに比べて孫の数が増えるかどうかを調べてみた
その結果はそういうわけでもなかった
高度な教育と専門技術を身に着けた子は、そうでない子よりも収入は上がるが、そのことは孫の数の上昇につながっていなかった
現代の高度工業化社会に住んでいる人々が生物学的な適応度の最大化を行っていないように見えることについて、それが進化的に意味のあることなのか、それとも全く新しい事態に対する不適応的な反応なのかについては、多くの議論が行われている(Borgerhoff Mulder, 1998)